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南西諸島特産で島ごとに変異をもつアマミノコギリクワガタのグループ(Prosopocoilus dissimilis GROUP)は,奄美大島が基産地であり現在は七亜種に分類されています。アマミノコギリ(原名亜種)・トカラノコギリ・トクノシマノコギリ・オキノエラブノコギリ・オキナワノコギリ・イヘヤノコギリ・クメジマノコギリ,どの亜種も形・色にそれぞれ変わった特徴を備えています。
アマミノコギリクワガタは奄美諸島それぞれ生存する島によりの差異が見られ興味があります。トカラ列島にはトカラノコギリクワガタが採れる五つの島があります(まだ生存の調査が行われていない無人島もあり)。口之島、中之島、諏訪之瀬島、悪石島,臥蛇島。

本土産はもちろん,黒島ノコギリなど人気種を含む本土系ノコギリクワガタ(Prosopocoilus inclinatus プロソポコイルス インクリナトゥス)とは異なった種として,アマミノコギリクワガタのグループには学名(Prosopocoilus dissimilis ディシィミリス)が付けられました。
顎を含めた全体の姿がとくに優雅です。

アマミノコギリクワガタ(P. dissimilis dissimilis)は,例えば中国ホーペ(Dorcus hopei)グループのように発現型が豊富のように感じられます。どぶっといものからスマートな個体まで,様々な形態の個体をみることができます。トカラノコギリでは産地であるどの島もかなり生息環境が狭そうで遺伝的に均一化が進んでいるのかもしれません。一方奄美大島程度の大きさがあれば,遺伝的多様性はそれほど下がることもなく環境の変化にも対応し,今後も様々な形態を確認できるのでしょうか。

トカラノコギリクワガタ(P. dissimilis elegans エレガンス)はその亜種名の通りエレガントな一群です。これは,クワガタの色としても希有な黄色のボディに由来して付けられたのでしょうか。個人的には色合いだけでなく,その身体の細身のラインの美しさにこそぴったりな名前と思います。

BEKUWA 35号 2010 SPRING 日本のノコギリクワガタ大特集 より一部抜粋引用

Prosopocoilus dissimilis dissimilis(Boileau,1898)

体長♂24.3~79.5mm, ♀28.0~39.3
体は黒色の個体が多く,やや赤みを帯びた個体も2~3%程度出現する
大歯型の大顎は中央やや基部寄りで強く湾曲し,先端に向かってカーブする
第一内歯と第二内歯の間隔は全亜種中もっとも接近する
第二内歯と第三内歯の間の小歯は0〜1本で,第三内歯と融合する場合も多い
頭楯は二又状で頭楯手前の突起を欠く
♀の上翅には縦に四本の隆条(スジ)を備えるが,島によって隆条の強さに変異がある
種名のdissimilisは「異なった」という意味
(むし社刊BEKUWA35号より一部抜粋引用)

南西諸島特産で島ごとに変異をもつアマミノコギリクワガタのグループは,この奄美大島が基産地です。
アマミノコギリの顎は亜種の中でも最も発達し湾曲も強くなります。筐体の形状も太細様々現れます。この湾曲や体の形態に飼育者の好き嫌いも大きく嗜好が分かれそうです。それぞれの希望の形状を備えている個体を採集したりブリードで作り出す楽しみがあります。
強烈な湾曲個体はいくらでも入手できると思いますが,個人的には左に引用させていただいた加計呂麻島産のような全体的に丸いカーブを描く形状に最も美しさを感じます。ブリードでもこの丸カーブを先ずは優先して摂取選択して次年度のブリードに備えているところです。
それともう一つの目的は巨大サイズがどうやって出せるかという点です。アマミノコギリクワガタはこのグループの中で最大サイズになるだけでなく,日本のノコギリクワガタ全体の中でみても最大となるクワガタです(現レコードサイズは82mm)。本研究室において,2016年度は25gの幼虫を育てましたが瓶交換でやや準備不足があり,最終サイズは79.5(測り方によっては80に限りなく近づいていました)止まりでした。飼育ルームの環境と施設にもまだ至らないところがありますので,次年度以降はさらに設備投資も行いつつ実験を進めたいと思います。筐体の色はほぼ黒ですが,産地によっては,あるいは系統なのか,相当に赤みがかった個体もオークションなどでよく見受けますし,自分のブリードした個体でもかなり赤みの強いものがありました。

(画像の個体は,加計呂麻島産 73.6mm むし社刊BEKUWA35号p.12 より抜粋引用)

Prosopocoilus dissimilis elegans(Inahara,1958)


体長♂27.5~72.3mm, ♀21.0~37.1
体はやや細い
頭部・前胸は暗赤褐色
上翅は暗赤褐色〜やや明るい赤褐色
大顎は第一内歯付近で強く湾曲し,よくく発達して伸びる 中之島産に比べて大顎はやや太めの個体がよく見られる
第一内歯と第二内歯の間隔は近い
第二内歯と第三内歯の間の小歯が出現する個体は♂全体の1割程度
亜種名のelegansは「優美な」という意味
(むし社刊BEKUWA35号より一部抜粋引用)

口之島は,トカラノコギリクワガタの基産地です。
ネット上でもなかなか個体が流通していない産地で,たまに見かけても形にやや不安を感じるものがほとんどで,なかなか手を出せずにいました。しかし幸いなことに知人を通して,興味深いスタイルの大型個体を複数入手することができました。中之島産にも迫るような顎の湾曲と太さを持ち合わせているところに隠れたポテンシャルをかいま見ます。これから飼育に特に力を入れていきたい産地です。

(画像左の個体は,口之島産 67.5mm むし社刊BEKUWA35号p.17 より抜粋引用)
(画像右の個体は,口之島産 66.5mm むし社刊BEKUWA35号p.17 より抜粋引用)

Prosopocoilus dissimilis elegans(Inahara,1958)


体長♂27.6~74.2mm, ♀21.8~38.1
トカラノコギリクワガタの中で最も大型になる産地であり,色彩的にも明るく派手なため人気がある
頭部・前胸は赤褐色
上翅は黄褐色から赤褐色で,黒褐色型も10%程度見られる
大顎はよく発達し 微差ながら口之島産に比べてやや細い印象である
第一内歯と第二内歯の間隔は近い
第二内歯と第三内歯の間の小歯が出現する個体は♂全体の1割程度
亜種名のelegansは「優美な」という意味
(むし社刊BEKUWA35号より一部抜粋引用)

左側に引用させていただいた個体は黒化型で,中之島産の特徴的と言える鮮やかなオレンジ色の翅は有していませんが,それを差し引いても十分に魅力溢れる個体です。というか,もはや神がかり的な形状であるといえるのではないでしょうか。細身の美しい身体,そしてすらりと伸びた顎,カーブのライン。実はBEKUWA35号には,この個体の他にも素晴らしい黒化型が掲載されており,管理人はこの二匹の写真を切り抜き(35号は三冊購入しました),ほぼ日手帳の1月1日のページに貼付けて,毎日拝めている次第です。苦しいときに眺めては心の拠り所としています(笑)。もちろんトカラノコギリのブリードにおける毎年の作出目標モデルでもあります。この形状をもったFラインが固定できましたら,それがノコギリクワガタ飼育の最終地点であるとも思いますが いかがでしょうか。

(画像左の個体は,中之島産黒化型 68mm むし社刊BEKUWA35号p.19 より抜粋引用)
(画像右の個体は,中之島産 71.4mm むし社刊BEKUWA35号p.18 より抜粋引用)

Prosopocoilus dissimilis elegans(Inahara,1958)


体長♂24.6~69.4mm, ♀20.2~36.1
体は他の島のトカラノコギリに比べて太い
頭部・前胸は暗赤褐色
上翅は明るい赤褐色〜橙色の個体が多く,平均して中之島産よりやや色が濃い
黒褐色型の出現率は10%程度で,中之島産に比べて上翅はより暗い
大顎はやや短く太め,湾曲は弱い
第一内歯と第二内歯の間隔はやや離れる
第二内歯と第三内歯の間の小歯は0〜1本で,消失することが多い
亜種名のelegansは「優美な」という意味
(むし社刊BEKUWA35号より一部抜粋引用)

根元から先端に渡ってスムーズに湾曲した顎をもつ。若干カーブは弱く中之島産のような根元周辺でグッと曲がる個体は見ない。顎の長さは体調に比して短く,個人的な好き嫌いだがやや残念なバランスである。これがもう何割か長くなったと仮定すると非常に美しい個体群になるだろうにと思う(随分自分勝手な仮定であるが)。第一歯と第二歯の間がかなり明確に開き,やや太めな身体のラインと合わせてこの島産の特徴。ネットオークションで出品されているトカラノコと言えば8割以上がこの悪石島産であり,顎の形状,体色,太さと様々な形状が現れている印象である。
引用させていただいた写真の個体は滑らかな顎のカーブを描いており,非常に魅力的である。大げさに言えばこれも異次元な美しさであると思う。総論で指摘しましたように,顎左右の第二内歯と第三内歯,合計四つの内歯を結ぶと,Ellipse(楕円)がとても美しく浮き出ます。(画像をクリックしてみてください。楕円書き込んでみました)
さらにもう少し顎の長さがあれば(勝手な仮定),キクロマトス属のようなパワフルなクワガタになりそう。

以上個体自身の美しさをあげました。最後に人間的に追加された注目点を追加させていただくと,この二頭の標本の展足処理の癖のないなにげない美しさも素晴らしいと思います。むし社刊行の雑誌や図鑑の展足はどれも全て美しいものばかりですし,このページに引用された他の産地のそれも十分すぎる美しさですが,この悪石島二頭の仕上げはさらに格別に思えます。是非管理人もこのバランスを実現できるよう励みたい。(展足難しいです)

(画像左の個体は,悪石島産 64.5mm むし社刊BEKUWA35号p.22 より抜粋引用)
(画像右の個体は,悪石島産 64.3mm むし社刊BEKUWA35号p.22 より抜粋引用)

Prosopocoilus dissimilis elegans(Inahara,1958)


体長♂26.7~62.1mm, ♀21.7~27.8
形態・色彩とも諏訪之瀬島産に似ており,黒褐色型も出現するが得られている個体が少ないため出現頻度は不明
頭部・前胸は暗赤褐色
上翅は黒赤褐色〜赤褐色
第一内歯と第二内歯の間隔はやや離れる
大顎はやや短く細め,湾曲は弱い
亜種名のelegansは「優美な」という意味
(むし社刊BEKUWA35号より一部抜粋引用)

1998年と翌99年の二回に渡り,松下泰平氏を中心とした(無人島)臥蛇島調査隊が結成され,結果トカラノコギリ他何種かのクワガタの生息が確認された。この調査では合わせて五十匹程のトカラノコ個体が採集されたらしく,採集中の報告文の一部ダイジェストはこちらに掲載している。現在F7,F8などの累代値をもって,国内に流通している臥蛇島産ノコは殆どこの時に採集された♀からのFと思われる松下氏がDREAMというショップに卸し、それが別井敏明氏にわたり、LIFE THE BEETLEで販売されたものである。(まれに島近くを通る漁船の灯火に飛来する個体もいるらしいが)。形態の特徴としては,悪石島・諏訪之瀬島タイプに近いが,ブリードではどの位の大きさに育つのか。できるだけ大きな個体を羽化させて形状を見てみたいと思っていた。先人が丁寧に管理飼育を続けて来られたであろう,F7の♂67ミリと,別ラインF8の♀33ミリを入手できたので早速掛け合わせて(元々は同じPからの累代だったかも知れぬが),一応アウトラインで数十頭の幼虫を得た。現在それなりの大きさに育っているのでいずれこのサイトで大型標本を掲載できると思う。

(画像左の個体は,臥蛇島 61.1mm むし社刊BEKUWA35号p.16 より抜粋引用)

月刊むし昆虫図説シリーズ4 日本のマルバネクワガタ タテヅノマルバネクワガタの挽歌