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月刊むし 340号 1999年6月 クワガタ特集号11 より抜粋引用


臥蛇島調査隊結成

屋久島・種子島から奄美大島のあいだに連なる「トカラ列島(十島村)」のクワガタの魅力について,このクワガタ特集号の中で,今さらあえて述べる必要はないと思う。とくにトカラノコギリクワガタが棲息する悪石島,諏訪之瀬島,中之島,口之島での採集は,私のクワガタ仲間でもトカラ通いという言葉が生まれるほどすっかり定着してしまっている。そして諏訪之瀬島とも中之島とも,距離的にはほぼ同じと言える位置に,まだクワガタを目的とした調査の行われたことのない,ある程度の面積と若干の広葉樹の林をもった無人島があるのだから,我々がそこに注目しないわけはない。

東京からベタベタのクワガタ採集屋である筆者(松下氏)と定木良介氏,大阪より甲虫類全般と迷蝶採集スペシャリストの田花雅一氏,島根からは国内外すべてにおけるクワガタのディープなコレクターの小森祐司氏,以上の四人で調査隊が結成される。6月24日中之島の某民宿を基地として集合し,漁船をチャーターしてクワガタ棲息調査を行うことになった。時はすでにトカラノコシーズンの真っただ中,この計画がいったい何を期待してのことなのかは,もちろん言うまでもない。

悪石島の御岳だけを残し,他をすべて削ぎ落としたような竹と岩ばかりのその島も,近づくにつれいくつかの谷に,地図にあった通り,若干の広葉樹の林を見いだすことができた。さらに接近すると,崖の中腹にはなんと,全身の毛が真っ白な牡鹿が,その巨体と美しい毛並みを誇るかのように,あるいは突然の珍客にやや警戒しているかのように立ちすくみ,こちらを睨みつけている。

まともな林は見つからず

細い道が竹林に向かって延びている。地図にあった唯一の道,集落地を抜け,海沿いを通って終点である灯台へと向かう道であろう。疲れも抜けきらぬまま,とりあえずはその緩やかな上り坂を歩いてみることにした。どこまで行っても左右ぎっちりと竹に押しつぶされそうなその道は,部分的には悪石島を連想させた。
そんな中,突然飛来したハナムグリらしきものを小森氏が手で叩き落とす。リュウキュウツヤハナムグリであった。他のトカラのそれに比べて,いくぶん青みが強いように見える。とにかくこれが上陸第1号の採集品となった。

しょぼいライトトラップ

まず夜に備えて,「架空のトカラノコ」を狙ったライトトラップの設置場所を決めなければならない。先ほどの沢の入り口にもどり,よくよく奥の奥まで覗き込むと,なるほと確かにさわの脇にだけ左右10mほどの幅で雑木が生えている。見晴らしもそこそこ。その場にあった朽ち木を割ってみるが,食痕は見られなかった。こんなに狭く,木々に囲まれた場所はライトトラップには最悪で,もちろん数だ,サイズだと言っていられる状況ではない。とりあえず,いったい何が棲息しているのかを確認することが最優先である。この付近に潜んでいる虫だけでもおびき出すことは出来るはずだ。

帰還

しかし,採集として考えてみると,肝心のノコギリは棲息を確認したにもかかわらず,当然どこかにいるはずの大歯型は見ることができず,小型個体がわずか8♂3♀のみ,これは尋常でない少なさである。すべての装備をなんらかの方法で島の裏側まで運び込めれば,結果は変わっていたのだろうか?あるいはバナナトラップがあればどうだったか? しかし,本来なら飛翔能力の強いノコギリの採集において,無敵の強さを誇るはずのライトトラップも,比較的天候に恵まれたにもかかわらず,ついにその威力を発揮することなく封じ込められてしまった。あるいは,このポイントの状況にしては,採れただけでもマシだったとでも考えるべきなのであろうか。無人島での採集の難しさを改めて実感するとともに,適度に人里と共存して繁栄するクワガタの生態の一部もかいま見た気がした。

月刊むし昆虫図説シリーズ4 日本のマルバネクワガタ タテヅノマルバネクワガタの挽歌